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 未来の森ミュージアム YATSUSHIRO MUNICIPAL MUSEUM
 
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八代市の文化財
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第1常設展示室


古文書を読む

この展示では館蔵品の古文書資料を中心に
ミニ企画をたてて八代に残る古文書の魅力を紹介しています。

冨岡家文書と河俣塗 平成30年10月10日〜12月9日 
   八代市東陽町河俣地域で江戸時代末期に生産されていた河俣塗と、その製作者・冨岡家の古文書を紹介します。今もなお、美しさと丈夫さを持ち続ける匠の技をご覧ください。 「冨岡家文書と河俣塗」解説シート
【展示作品】
資料名 内容 年代 所蔵
冨岡仲平外十五名起請文 3代冨岡仲平(1809〜?)を中心とする河俣村の職人たちが河俣塗の製作ポリシーを神に誓った起請文 天保7年(1836) 本館蔵
明治10年内国勧業博覧会褒状 3代冨岡仲平が69歳のときに内国勧業博覧会に河俣塗を出品したときに明治政府からもらった褒状 明治10年(1877) 本館蔵
万物日記覚 初代冨岡仲平(1747〜1824)から4代にわたって書き継がれた冨岡家と河俣地域についての記録 天明3年(1783)
〜大正12年(1923)
本館蔵
河俣塗 足打膳(二ノ膳) 2代冨岡仲平作。木地を赤く塗り、透明な漆で塗り上げて木目を美しく見せる春慶塗の技法で作られた膳。今でも美しく丈夫さを保っている 文政12年(1829) 本館蔵
河俣塗 足打膳(本膳) 兵左衛門・金十郎作。河俣塗製作の中心となったのは冨岡家だが、本作は冨岡家以外の河俣村の人々の作 幕末〜明治時代 本館蔵
河俣塗 盆 3代冨岡仲平作。約150年前に作られた盆。つい最近まで実用されていたもので河俣塗の丈夫さを物語る 幕末〜明治時代 本館蔵

石工 橋本勘五郎の古文書 平成30年8月14日〜10月8日 
   橋本勘五郎(文政5年・1822〜明治30年・1897)は、江戸時代後期から明治時代にかけて活躍した肥後石工の名工です。この展示では、橋本家に伝来した古文書を読み解き、橋本勘五郎の業績についてご紹介します。この展示は、平成30年度博物館実習生が博物館実習(8月7日〜13日)の一環として作品調査・展示作品選定・解説作成・キャプション制作・展示等を行いました。実習の成果をぜひご覧ください。
【展示作品】
作品名称・員数 制作者 年代 所蔵
覚 1通 石工城八 天保13年(1842) 本館寄託
白川県租税課通達書 1通 白川県租税課 明治6年(1873) 本館寄託
大蔵省辞令 2通 大蔵省 明治6年(1873) 本館寄託
内務省褒状・目録 2通 内務省 明治7年(1874) 本館寄託
新刻掌中航海世界全図 1枚   明治6年(1873) 本館寄託
熊本県褒状 1通 熊本県 明治9年(1875) 本館寄託

悲劇の武将 尾藤金左衛門  平成30年6月5日〜8月12日 
   尾藤金左衛門は福島正則・森忠政・細川忠利に仕え、最後は島原の乱で壮絶な死を遂げた武将です。その尾藤金左衛門の波乱の人生を尾藤家に伝来した古文書をもとに紹介します。
【展示作品】
出 品 作 品 内 容 時 代 所蔵
尾藤家伝来御書写
(羽柴秀吉知行宛行状写)
差出名・宛名不明 不明 本館蔵
福島正則書状 福島正則太夫から尾藤正介へ 9月11日 本館蔵
森忠政書状 森忠政から尾藤金左衛門・日時三十郎へ 5月18日 本館蔵
細川忠利書状 細川忠利から尾藤金左衛門尉へ 日付欠、寛永12年(1635) 本館蔵
細川忠利書状 細川忠利から尾藤金左衛門尉へ 寛永12年(1635)霜月23日 本館蔵
尾藤金左衛門遺言書 尾藤友則から、宛名不明 日付欠(寛永15年2月27日) 本館蔵

釈迦院の古文書  平成30年3月27日〜6月3日
   八代を代表する天台宗の名刹・釈迦院伝来の古文書を展示します。平安時代以来の長い歴史を持つ釈迦院は、どのような歴史を歩んで来たのかを古文書を読み解いてご紹介します。
【展示作品】
出 品 作 品 時 代 所蔵
加藤忠広寺領寄進状 元和6年(1620) 釈迦院蔵
加藤平左衛門書状 元和6年(1620) 釈迦院蔵
蠏江主膳書状 元和6年(1620)? 釈迦院蔵
細川綱利寺領寄進状 延宝5年(1677) 釈迦院蔵
釈迦院寺領寄附目録 元禄6年(1693) 釈迦院蔵
細川宣紀寺領寄進状 正徳6年(1716) 釈迦院蔵


西山宗因の世界 平成29年12月26日〜平成30年3月25日
   八代が生んだ連歌師・西山宗因は松尾芭蕉や井原西鶴に大きな影響を与えた人物です。この展示では宗因の連歌作品や短冊などを紹介します。

【展示作品】
出 品 作 品 品質・形状 員数 時 代 所蔵
西山宗因画像 雪谿画 掛幅装 1幅 江戸時代後期(19世紀) 本館蔵
2-1 宗因肖像(『歌仙大坂俳諧師』複製) 西鶴編 西鶴画 冊子装 1点 原本は延宝元年(1673) 正教寺蔵
2-2 宗因肖像(『俳諧百一集』) 康工編 画者未詳 冊子装 1点 明和2年(1765) 正教寺蔵
伊勢法楽連歌懐紙 西山宗因自筆(宗因)巻子装 1巻 寛文元年(1661) 本館蔵
歳旦和歌連歌懐紙 西山宗因自筆(宗因)掛幅装 1幅 江戸時代前期(17世紀) 本館蔵
「すりこ木も」句短冊 西山宗因自筆(梅翁) 1枚 江戸時代前期(17世紀) 本館蔵
「ながむとて」句短冊 西山宗因自筆(野梅) 1枚 江戸時代前期(17世紀) 本館蔵

古文書が語る加藤正方  平成29年9月26日〜12月24日 
   江戸時代のはじめ、加藤清正・忠広の家老として活躍、現在の八代城下町の基礎を築いた加藤正方。この展示では加藤正方の子孫の家に伝来した古文書を通じて、加藤正方の人生と実像を紹介します。

【展示作品】
出 品 作 品 時 代 所蔵
広島加藤家系図(原書名:加藤精造系図伝記) 明治時代(19-20世紀) 当館蔵(広島加藤家資料)
加藤正方寺領寄進状 寛永9年(1632) 八代市悟真寺蔵
加藤正方自筆書状   江戸時代前期(17世紀) 当館蔵(広島加藤家資料)
土井利勝書状   江戸時代前期(17世紀) 当館蔵(広島加藤家資料)
柳生宗矩書状  江戸時代前期(17世紀) 当館蔵(広島加藤家資料)
加藤正方広島下向記 正保元年(1644) 当館蔵

花押から見た戦国武将 秀吉・清正・家康・興長  平成29年8月8日〜9月24日 
   花押とは公文書や手紙などに書かれたサインのことです。花押は一人一人の形が異なっていて、そのデザインには個性が反映されています。この展示では、特に個性的な戦国武将たちの花押を紹介します。(この展示は、平成29年度博物館実習の一環として、実習生の皆さんが作品選定・解説文作成、展示作業を行いました。)
【展示作品】
出 品 作 品 品質・形状 時 代 所蔵
羽柴秀吉覚書(秀長宛) 紙本墨書 竪紙 天正12年(1584)7月6日 本館蔵
加藤清正知行宛行状(森左吉宛) 紙本墨書 折紙 慶長5年(1600)10月16日 本館蔵
徳川家康書状(浅野長政宛) 紙本墨書 切紙 慶長5年(1600)9月1日 本館蔵
松井康之・興長知行宛行状(竹田定勝宛) 紙本墨書 竪紙 慶長7年(1602)正月 本館蔵
替置知行目録(竹田定勝宛) 紙本墨書 竪紙 元和4年(1618)2月 本館蔵
松井興長書状(西山左京宛) 紙本墨書 折紙 年未詳(寛永7年以降)正月13日 本館蔵


西山宗因の世界 平成29年1月4日〜3月26日
   八代が生んだ連歌師・西山宗因は松尾芭蕉や井原西鶴に大きな影響を与えた人物です。この展示では宗因の連歌作品や短冊などを紹介します。

【展示作品】
出 品 作 品 品質・形状 員数 時 代 所蔵
談林六世像賛 谷素外画 掛幅装 1幅 文化11年(1814) 本館蔵
西山宗因画像 雪谿画 掛幅装 1幅 江戸時代後期(19世紀) 本館蔵
3-1 宗因肖像(『歌仙大坂俳諧師』複製) 西鶴編 西鶴画 冊子装 1点 原本は延宝元年(1673) 正教寺蔵
3-2 宗因肖像(『俳諧百一集』) 康工編 画者未詳 冊子装 1点 明和2年(1765) 正教寺蔵
歳旦和歌連歌懐紙 西山宗因自筆 掛幅装 1幅 江戸時代前期(17世紀) 本館蔵
『小倉千句』巻五 西山宗因自筆 巻子装 1巻 江戸時代前期(17世紀) 本館蔵
伊勢法楽連歌懐紙 西山宗因自筆 巻子装 1巻 江戸時代前期(17世紀) 本館蔵

加藤清正の手紙  平成28年8月9日〜9月26日 
   現在の熊本の礎を築いたヒーロー加藤清正。この展示では当館が所蔵する加藤清正の古文書を展示し、その実像を紹介します。

【展示作品】
出 品 作 品 時 代 所蔵
木版加藤清正画像 江戸時代後期(19世紀) 当館蔵
加藤清正自筆覚 天正17年(1589)3月14日 当館蔵
加藤清正自筆絵図 慶長元年(1596)頃 当館蔵
加藤清正自筆知行宛行状 慶長5年(1600)10月16日 当館蔵
加藤清正書状 慶長5年(1600)9月26日 当館蔵
加藤清正黒印状 慶長11年(1606)8月2日 当館蔵

古文書をのこす  平成28年6月27日〜8月7日 
   地域に伝わる古文書は、どのようにして伝来したのか。そのナゾと保存方法、古文書のカタチについて実物をもとに紹介します。




松井家の二つの顔 殿? 家臣?
   松井家は、熊本藩主細川家の家臣で、正保3年(1646)から八代城を預かりました。江戸時代、主君が家臣に領地を与える時、知行宛行状と呼ばれる文書を発給しました。この知行宛行状から、細川―松井、徳川―松井、松井―竹田のあいだに結ばれた主従関係を明らかにします。この展示は、平成18年度夏に実施した学芸員実習の課題のひとつとして、実習生のみなさんが取り組んだものです。八代城主松井家をテーマに、調査から資料整理、展示案・解説作成といった一連の流れを体験してもらいました。

解説シート 
喜びを伝えることば 〜松井文庫所蔵古文書より〜
   江戸時代の手紙に登場する「喜び」を伝えることばを紹介。
 「目出度(めでたし)」「欽然(きんぜん)」「大悦(たいえつ)」など、喜びのことばに注目することで、手紙に書かれた状況がどのようなものであったか、わかりやすく展示しています。

解説シート 
←「大慶」(たいけい)=このうえなくめでたい
花押ってなーに?
   花押(かおう)とは、書状などに記されるサインのこと。人によって、また年令によって、さまざまな形があり、その人の性格や人生をうかがうことができます。


つながり再発見! 春光寺と松井家
   八代市古麓にある春光寺は、延宝5年(1677)に創建された臨済宗南禅寺の末寺で、八代城主松井家の菩提寺として知られています。この展示では、春光寺に伝わる貴重な文化財の中から、お寺の歴史がうかがわれる絵画と古文書を展示し、松井家と春光寺との密接なつながりを紹介します。

■この展示は、平成17年度夏に実施した学芸員実習の課題のひとつとして、実習生のみなさんが取り組んだものです。春光寺の文化財をテーマに、調査から資料整理、展示案・解説作成といった一連の流れを体験してもらいました。
    
「博物館実習だより」 実習生のみなさんの感想を紹介しています。(博物館友の会会報 vol.55より)

解説シート 
   
「死」を伝えることば 松井文庫所蔵古文書より  
   江戸時代の手紙には、人の死を伝える言葉が度々登場します。江戸時代の人々は、さまざまな言葉を用いて知人の死を表現しました。

出品リスト ■解説シート1  ■解説シート2  ■解説シート3  
詳しくはこちら(お子様にもわかりやすく解説したページです。)

←「御遠行」(ごえんこう)=死ぬこと
   
起請文 きしょうもん
   起請文とは、自分の行為や言葉にうそ、いつわりのないことを、日本国中のありとあらゆる神仏に誓った誓約書です。起請文は、守るべき事項を記した前書の部分と、もしこれに背けば、神仏の罰を受ける旨を記した神文の部分から成っています。神文の紙は、熊野三社などが発行する牛王宝印が用いられています。牛王宝印は厄除の護符で、誓約違反に対する神仏の罰への畏怖を、書き手に意識させる効果があったといいます。

■出品リスト  
 
 八代御普請支配頭起請文(松井豊之宛)
 
関ヶ原合戦と細川家   1599.10.24⇒1602.3.8
   関ヶ原合戦当時に書かれた古文書から、丹後国主細川忠興の戦略構想を検証する。

■出品リスト  ■解説1  ■解説2
 
加藤清正書状(松井康之・有吉四郎右衛門宛)慶長5年(1600)9月17日付
 
■過去の展示  


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