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八代市の文化財
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第1常設展示室


妙見祭
 妙見祭は、平成23年3月9日、「八代妙見祭の神幸行事」として国重要無形民俗文化財に指定されています(公開日:11月22日・23日、保護団体:八代妙見祭保存振興会)。また、平成28年12月1日には、「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコ無形文化遺産に登録されています。

八代妙見祭 学習シート(小中学生用)
妙見祭について(A4版・6ページ)  笠鉾について(A3版)

ただいま、博物館1階 第1常設展示室に展示中
亀蛇の競演 2022年9月27日〜2023年1月9日(日)
 

八代神社の1ヶ月


八代神社では、11月22日のお下り、23日のお上りの日だけでなく、約1ヶ月にわたって様々な神事が行われています。

詳しくはこちら
 八代神社の1ヶ月
 妙見宮の絵馬
 

獅子

 
毛むくじゃらの雌雄の獅子
(胴が紅白で角2本が雄、胴が赤黄で角1本が雌)とそれをあやす玉振りの子供
行列の先頭を行く獅子は、異国情緒豊かな獅子として知られています。 今から300年以上前、中島町(今の八代市本町二丁目・三丁目)の商人、井櫻屋勘七が、商用で長崎に行った時に見た諏訪神社祭礼(長崎くんち)に奉納されたさまざまな踊りや演奏、獅子舞に心を打たれ、妙見祭にも取り入れたいと考えたことに始まります。 勘七は、長崎に舞いやチャルメラなどの楽器の稽古に行き、道具や衣装を揃え、独自の工夫を凝らして獅子舞を作り上げました。苦労のかいあって妙見祭に初めて奉納したのは元禄4年(1691)のことでした。全身が毛で覆われた獅子は全国的に見ても沖縄の獅子と八代を中心とする一帯の獅子しかなく、ひじょうに貴重です。

詳しくはこちら
熊本の獅子舞
妙見祭獅子組のヒミツ

「妙見祭獅子組のヒミツ」 2017年12月19日〜2018年4月1日
 

亀蛇(きだ)

 
 ガメの愛称で親しまれている亀蛇は、亀と蛇が合体した想像上の霊獣で、妙見の神が亀蛇に乗って海を渡って来られたという伝説を元にして作られています。妙見祭に出されるようになったのは、江戸時代の天和・貞享頃(1680年代)であると考えられています。奉納しているのは、出町亀蛇保存会です。

詳しくはこちら
妙見祭の亀蛇 
妙見祭の亀蛇(こども用)

◆「妙見祭の亀蛇」 2020年7月7日〜9月6日
「亀蛇の競演」 2023年9月26日〜2024年1月8日
 

奴(やっこ)

 
 奴の始まりは、『御書附上』によると、松井家4代直之(1638〜1692)の頃、松江村の虎右衛門が江戸へお供をした際に習い覚え、行列に参加するようになったと書かれています。
 以来松江村から毎年奉納していましたが、高子原村の三助(虎右衛門の婿)が虎右衛門より奴の振り方を伝授されると、松江村・高子原村両村より奉納されるようになりました。その後高子原村一村で奉納することになり、三助から虎右衛門の甥の加(嘉)平に伝授された後は代々加平の血筋である田中家を師匠家として伝えられることとなりました。
 奴組には「高子原村以外の村から妻をもらった者は加えない」「奴を振った者は他の村から妻をもらうことは出来ない」など厳しい決まりがあり、加入にあたってもいろいろな制限があったことがわかっています。

詳しくはこちら
妙見祭の奴
 

笠鉾(かさぼこ)

 
 旧城下町から出される9基の笠鉾は、さまざまな工芸技術が集約された妙見祭の華です。当初は町名を記した飾りをつけた傘でしたが、次第に大型化し装飾も豪華になり現在のような姿になりました。

詳しくはこちら
 妙見祭の華・笠鉾(笠鉾の概要)
 絵巻に描かれた笠鉾
 妙見祭笠鉾のヒミツ

平成29年度秋季特別展覧会「大笠鉾展」 2017年10月20日〜11月26日


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